マツダ・ロードスターに挑んだ古豪MGのミドシップ「MG-F」 |
シンプルで安価なスポーツカーを特にライトウェイト・スポーツと呼ぶ。いわゆるスーパーカーリーグに属する高価で特殊なクルマと異なり、多くは量産車メーカーで作られる。軽量コンパクトを活かしてゼロ戦の様に自在な軌道を描くクルマは日本人の好みによく馴染む。高速域を諦めた代わりに格上のスーパーカーを凌駕する敏捷性が魅力だ。源流を辿れば英国のMGやトライアンフが生み出した1000cc以下の軽量オープンスポーツモデルに行きつく。
2014年現在で言えばマツダ・ロードスターがその最右翼だろう。約220万円からという価格は、専用開発シャシーの2座オープンモデルとしては類例を見ないバーゲンプライスと言える。
ミニやゴルフの台頭でFFが大衆化 FR不遇の時代に
しかし、もう少し仔細に見てみると、現代のスポーツカーは、かつての英国勢とは事情が違う。MGやトライアンフの時代。大衆車のほとんどはFRレイアウトで、エンジンもミッションもデファレンシャルもみなコストのこなれた量販車種から自在に流用できた。簡素で軽量なボディと組み合わせれば安価なスポーツカーの誕生だ。そこに卓抜したセッティング能力が加わったとはいえ、MGもトライアンフもそうやってスポーツカーを生産していたのだ。
BMCの初代ミニ、フィアット128、フォルクスワーゲンのゴルフなどの台頭でその図式が壊れた。世界中で大衆車が一気にFF化して、FRのコンポーネンツが入手出来なくなったのだ。その結果、伝統的なFRスポーツカーを作ろうとすれば、専用コンポーネンツを用意しないとならない状況が現出した。
例えばエンジン。初代ロードスターはファミリアのエンジンを流用して作られたが、搭載方法が違うのでエンジンの下半分は作り直さなくてはいけない。ミッションとデフは専用品を新設計だ。当然コストがかかる。
しかし、所詮は実用性のない2座のクルマ。ユーザーは限られている。販売台数が限られていれば、開発費を台数で均等割りするとどうしても高コスト体質になる。同じ販売拠点で売られているマツダのクルマで比較してみると解り易い。アクセラのグローバル販売台数は36万2000台/年だが、ロードスターはと言えばその1/25の1万5000台に過ぎない。モデル末期のロードスターはピーク時に比べれば販売台数的に不利だという側面もあるが、数字上はひとまず1台あたりの開発費負担に約25倍の差があることになる。にも関わらずアクセラのスポーツ・グレードとロードスターの廉価グレードではわずかとは言えアクセラの方が売価が高い。スポーツカーにとって厳しい現実だ。
何故ミドシップを採用したのか
ライトウェイト・スポーツというジャンルの生みの親、本家本元とも言えるMGは、初代マツダ・ロードスターの売れ行きを見て「その手があるか」と思った。忘れ去られたジャンルを再発見したのだ。ロードスターは同様に世界中のメーカーを刺激した。前述のMGの他に、トヨタはMR-Sを、ポルシェはボクスターを、BMWはZ3を、ベンツはSLKを、フィアットはバルケッタをリリースした。それぞれに事情はあるが、この中でロードスターに正面から戦いを仕掛けたのはMG-Fだけだったと思う。他のクルマは少しずつ立ち位置をズラし、ある意味スポーツカーの中でさらにニッチを狙った商品としてマーケットに投入された。
MGは、当時グループ内のローバー製FFコンポーネンツを使ってミドシップを作り上げた。多くの人が勘違いしているのはこのミドシップの意味だ。MG-Fは、格上のスーパーカーを模して、フェラーリやランボルギーニの廉価版として作られたのではない。あくまでもロードスターが再発見したジャンルに参入するために作られたライトウェイト・スポーツだ。そのレイアウトはかつてのMGと全く同じ様に、量産車のFFコンポーネンツをいじらずにポンと載せることにこそ主眼が置かれていたのだ。つまり「わざわざミドシップに仕立てた」のではなく「わざわざFRに仕立てなおさなかった」と言い換えると解り易いかもしれない。
FFのコンポーネントは前輪から始まり、ほぼ車軸上か少し車室側に、デフとミッションがエンジンにビルトインされた状態で搭載される。つまりエンジンからタイヤまでがすでに一つのパッケージになっているわけだ。これをリアに持って行くとそのままミドシップのパワートレインになる。エンジンがセットバックされているものなら、ギアを一枚噛ませてタイヤの回転方向を変え、前後を逆に搭載するとすこぶる都合がいい。
シャシーの真ん中に巨大な「穴」
しかしミドシップにはふたつの大きな問題がある。ひとつは前輪荷重の不足だ。タイヤの能力はある程度垂直荷重に比例するから、前輪側に重量物が何もないミドシップは、ただハンドルを切ってもあまり曲がりたがらない。強めのブレーキでクルマの姿勢を前のめりにしないとクルマの向きが変わらない性質を持っているのだ。
サーキットのような先の状況がわかっているコースなら予め予測した運転が可能だが、山道でゆるいコーナーだと思っていたら思ったより先が巻き込んでいた時などには問題が起きる。もちろんそうした基本素養を軽減する方法はあるにはある。しかしそういうセッティングを施せば、シチュエーションがハマった時のミドシップならではのシャープさは失われる。角を矯めて牛を殺してしまっては元も子もない。
もうひとつはシャシー剛性の問題だ。ご存じの通り、クルマは4つのタイヤだけで地面に接している。つまりこの4つのタイヤを繋ぐフレームはがっしりしていないと困る。ところがミドシップの場合、4つのタイヤの間にエンジンを搭載する都合上、フレームに巨大な穴を開けなくてはならないのだ。穴と言うよりは、むしろエンジンの周りでは、床下と屋根の両サイドにハリを渡して前後を繋ぐような構造と言ってもいい。これではしっかりしたフレームは作れない。フレームの剛性は現代のスポーツカーにとっては生命線だから、この面でも運転を楽しむクルマとして間口が狭まる。
自在に曲がるスポーツカーにはなり損ねたが
この結果、MG-Fは、誰もが手軽にその楽しさを享受でき、ひらひらと自在に曲がるスポーツカーになり損ねた。製品としては成功できなかったMG-Fだが、本家本元ならではのライトウェイト・スポーツの作り方を身を持って示したとこにMGの矜持を感じたのも事実だ。もしこの試みが成功していたら、世界中の自動車メーカーがもっと気軽に安価なスポーツカーをラインナップする現在があったかも知れないのだ。
MG-Fはロードスターと同じ世代だが、実はこれと同じ試みはかつてフィアットがX1/9で試みて、同じように敗退している。時代を考証すると非常に興味深いが、MGミジェットの生産終了は1971年。フィアットX1/9は1972年に発表され、1989年に生産を終了した。その1989年にマツダは初代ロードスターを発売。MGがMG-Fを発売するのは1995年。そして2011年に製造を終了した。
量産FRという安価なコンポーネンツの供給源を失ってFRスポーツは淘汰された。その後の試行錯誤は現在もまだ続いているのだ。
リサーチ:テック サイバーファーム ウェア 半田貞治郎