スバル、新型「WRX」で国内反撃 国内専用モデル「S4」が象徴する方針転換 |
「スバル」ブランドの自動車メーカー、富士重工業が、4月の消費増税以降、国内市場で苦しんでいる。特に登録車でいえば、4~6月は前年比3~4割減で推移。新型ワゴン「レヴォーグ」の販売が本格化した7月でも前年に届かなかった(日本自動車販売協会連合会の統計による)。高橋充・最高財務責任者(CFO)は、7月末に行われた第1四半期決算会見で「レヴォーグを除くと受注ピッチは厳しい。第2四半期以降の販売刺激策を考えないといけない」と険しい表情で語った。
そんな中、8月25日に発売されたのが、新型スポーツセダン「WRX」だ。1992年に初代が発売されたWRXは、世界ラリー選手権(WRC)で勝つことを目的に開発された、スバルのモータースポーツ活動の中心を担う車。上位モデルの「WRX STI」は、高い走行性能を売りに、コアなファン層に根強い人気を得てきた。
今回の新型車は約7年ぶりのフルモデルチェンジ。日月丈志・グローバルマーケティング本部長は「スバル最高の走行性能で、シリーズ史上最高の車に仕上げた」と自信を見せる。コアなファン層に訴えかけるだけではないからだ。
コアな層から幅広い層へ
2007年に投入された先代のWRXは、国内ではSTIモデルのみが販売されていた。しかし日月氏は「従来は狭いカテゴリーの顧客が対象だった」と語る。そこで新たに用意されたのが「WRX S4」だ。開発責任者を務めた、高津益夫・プロジェクトゼネラルマネージャーは商品コンセプトについて、「スバル最高の走りをより多くの人に、幅広く楽しんでもらえるようにした」と説明する。
STI同様、2リッター4気筒ターボエンジンを搭載するが、トランスミッションはSTIが6速マニュアルなのに対し、S4はオートマチックの無段変速機(CVT)。しかもWRXシリーズとして初めて、最新バージョンの運転支援システム「アイサイト」がS4に導入された。ハンドル操作をしてから実際に曲がるまでのレスポンスを速めたり、思い通り曲がれるように後輪の軸足をより安定させたりするなどの技術にも、力を注いだという。高い運転技術がなくても、気軽に楽しめる車だといえる。
「お客さんにあまり先入観を抱かず、スバルに向き合ってもらうために間口を広げた」。S4を投入した目的を日月氏はこう語る。スバルの主力車は、ほとんどがいわゆる「3ナンバー」と呼ばれる、比較的車格の大きい区分に入る。価格帯も300万円以上が中心。現にS4は基本グレードが334万円、上級グレードが356万円だ。「スバリスト」という言葉に表れているように、業界でも珍しい水平対向エンジンや、独自の4輪駆動システムで熱心なファンを得てきた。しかし、「3ナンバーの高価格帯で勝負をしているので、商売的には顧客層を広げ、どんどん行き詰まってしまうことを避けたい」(日月氏)。
S4とSTIの月販目標を合わせると650台。年間では7800台であり、WRXシリーズ自体は、決して量販のモデルとはいえない。ただ、これまで熱心な車ファンに向けて開発してきた同シリーズに、「S4」のような車が加わったところには、富士重の方針の変化が窺える。
変化の理由の1つには、車に個性を求める顧客層が厚くなってきたことがある。これを端的に表しているのが、近年の輸入車人気だ。2013年の登録車に占めるシェアは8.6%と、過去最高を記録した。価格帯や車種構成が比較的近い、アウディやBMWなどドイツメーカーも、日本での販売を順調に伸ばしている。「最近の日本のセダンに走りの楽しさが足りないと思う人たちが、輸入車に乗り換えている。そういう層に楽しさのある”味の濃い”車として提供したい」(高津氏)。
国内の自動車市場では、今や軽自動車やコンパクトカーが主流だ。ただでさえ縮小傾向の国内で富士重のようなメーカーが生き残りを考え、コアなスポーツカーの位置づけだったWRXの間口を広げることにつながったのだろう。
日本専用車が出てきた背景
もう1つ、そうした変化の裏にあるのは、往年の名車「レガシィ」の存在だ。ピーク時の1994年度には、国内で年間9万台強を販売する人気車種だったレガシィは、2009年のモデルチェンジ以降の販売が芳しくなかった。昨年度は1万9800台にまで減少。なぜなら、今や富士重の稼ぎ頭でもある、米国市場に向いた開発方針へと転換されたからだ。米国人の好みに合わせた大型化である。日本のユーザーからは「大きすぎる」との声が相次いだ。
その後は米国事業が急成長し、十分な開発費を捻出できるだけの利益も出した。この開発費がつぎ込まれたのが、大型化したレガシィに代わる“日本専用”のモデルである。まず、昨年11月の東京モーターショーで発表されたのが、冒頭に述べた新型レヴォーグ。そして今回のWRX S4だ。実はこの両車種は、ほぼ同時に開発が始まった。「従来レガシィに乗っていた人が、次のレガシィに乗り換えようとしたが、大型化してしまった。そこで(1まわり小さい)『インプレッサ』サイズのカテゴリーを出発点として新車を作り上げたかった」(日月氏)。
実際、レヴォーグとS4には、非常に多くの共通点がある。まずエンジン。レヴォーグの2リッターモデルとS4は、同じ直噴ターボエンジンとトランスミッションを積んでいる。馬力やトルク、そして燃費まで、数値は一致する。さらにいうと、価格も同じなのだ。「出発点に同じ車を持つ商品は、その価値も同じようなところにあると考えた」と日月氏は説明する。
富士重は年間の世界販売が約90万台と、決して大きくはない自動車メーカーだ。開発リソースも限られる。短期間に複数の車種を投入する計画であればなおさらで、レヴォーグとS4の駆動系を共通のものとしたのも、ある意味当然と言えよう。
メーカーとしての軸足を米国に移したとはいえ、日本は富士重にとって2番目に販売台数が多い国だ。母国市場でもある。これも業績好調が続いたからこそ、2大市場の両方に向いた開発が可能になった。今年5月に発表した2020年までの中期経営ビジョンには「際立とう2020」と名付けた。「際立つ」メーカーであり続けるべく、富士重の試行錯誤が続く。
リサーチ:テック サイバーファーム ウェア 半田貞治郎