マクラーレンMP4-12Cスパイダー試乗 |
625psのオープンモデル
2014年の「話題の車」のスタートは、F1で知られる英国「マクラーレン・オートモーティブ」が製作するハイパフォーマンス・スポーツカーシリーズの第2弾モデルとなる「MP4-12Cスパイダー」だ。
同車は、13年2月のJAIA輸入車試乗会で初試乗した「MP4-12C」 のオープンモデル。クラス最高の625ps、600Nmを発揮する3.8L V8ツインターボエンジンをミッドに搭載する点は同じだが、オープン化のため 車重は40キロ増加した。このため、最高速度は329キロとわずか4キロだけ「遅い?」が、0-100キロ加速は3.1秒と変わっていない。
先のクーペモデルの試乗日は、冬の早朝、冷たい雨の中という最悪のコンディションだったため、クルマの持つパフォーマンスを体感できる状況ではなかった が、今回は違う。好天の箱根の山道で、F1を開発してきたメーカーが手掛けた最高のスポーツカーの味を、存分に確かめることができた。
MP4-12Cスパイダーとは
MP4-12Cスパイダーをもう少し詳しくみてみよう。最大の特徴は、カーボンファイ バーモノセルと呼ばれる一体成型のバスタブ型シャシーを採用した点だろう。このシャシーは、マクラーレンが30年以上渡って取り組んできたカーボン技術に より生まれたもので、同社のF1マシンや、伝説のロードカー「マクラーレンF1」に導入されていたものだ。重量はわずか75キロで、その軽量高剛性さは、 F1マシーンのクラッシュ時にドライバーの生還率を高めるサバイバル・セルとなっている点で実証されている。このシャシーを中心に、アルミのフロント、リ アフレームと、複合材でできたボディーパネルにより、スパイダーのボディーは構成される。
そ のミッドに縦置き搭載されるのは、同社が設計したアルミ製M838T型3799ccV型8気筒ツインターボエンジンで、最高出力625ps/7500回 転、最大トルク600Nm/3000-7000回転を発揮する。採用された7速デュアルクラッチ「SSG」はリア2輪のみを駆動し、専用のピレリPゼロ・ コルサ・タイヤ装着時には、0-100キロ加速3.1秒、0-200キロ加速9.0秒、0-400m10.8秒、最高速度329キロ、200-0キロ制動 124m、100-0キロ制動30.7mという途方もない性能がカタログデータとして掲載される。
また、この手の車としては今まであまり考慮されなかった効率面でも、欧州複合サイクルで11.7L/100km、CO2排出量279g/kmと優秀な成績だ。
クーペと同時開発されたため、オープン化に伴う特別な補強作業は一切されていないが、フルオートのリトラクタブル・ハードトップ(RHT)を追加したため、重量は40キロ増しの1376キロ(乾燥重量)となった。
いざ、箱根へ
受け渡し場所の六本木のビルのロビーで待っていると、接近してくるスパイダーの、低く腹 に響くような排気音が2ブロックぐらい先の道路から聞こえて来て、いやがうえにも緊張感が高まってくる。目の前に現れた「マクラーレン・オートモーティ ブ・アジア日本支社」から借り受けるマシンは、渋いワインレッドメタリックカラーだ。車寄せの照明と外光を受け、反射するボディーラインは滑らかで、全長 4509ミリ×全幅1908ミリ×全高1203ミリというサイズ以上に低く、コンパクトに締まって見える。
跳ね上げ式のデュヘドラルドアのオープン方法は、クーペが採用していたタッチセンサーでなく、ドアエンドの突起下部に設けられた小さなボタン方式に変更されていた。筆者と同様に、タッチセンサーがなかなか反応してくれないオーナーが何人かいたのかもしれない。
30センチはあろうかという高く幅広いサイドシルをまたいで、右ハンドルのセンター寄りに配されたコックピットに乗り込む。ブラウンとブラックの2トーン カラーだったクーペに比べ、スパイダーはブラックレザーとカーボンにレッドステッチが配されたよりスパルタンな印象のインテリアだが、細めのセンタークラ スターに配された各種スイッチや縦長のモニター、航空機を思わせる形状のエアダクト、印象的な丸型一眼式メーターのデザインを眺めていると、「あぁ、そう だった」とクーペの試乗シーンが浮かび上がり、操作方法を思い出していく。スタートボタンで625psを目覚めさせ、D(ドライブ)ボタンを押して箱根へ 向けスタートだ。
首都高や東名では、エンジンやサスのセッティングは「ノーマル」のまま、 ハードトップを閉めてゆったりと走ってみる。低速トルクのあるエンジン(ちなみに時速80キロでは、6速1800回転、7速1500回転ほど)のおかげ で、サルーンとまでは言わないが、乗り心地の良いイージードライブ可能なスーパーカーであることがわかる。ただし、追い越す乗用車の運転席がはるか上に あったり、バックミラーに映る陽炎のような景色(ハイパワーエンジンの排気と、マフラー位置が高いことによる)が、タダ者でないマシンに乗っていることを 気づかせてくれる。御殿場IC手前では、前を走るメルセデスC55が、すぐに追い越し車線を譲ってくれた。
箱根の人気者
御殿場からは旧道で箱根スカイラインへ向かう。狭いコーナーと落ち葉が多く、日蔭では ウェット部分もあり、625psのアクセルを踏むのがためらわれる。箱根スカイラインに入り、コンソールのボタンでリアのリトラクタブル・ガラス(オープ ン時のウインド・デフレクターを兼ねる)を開けてみる。すると、ルーフがクローズ状態でもキャビン内にV8エンジンのサウンドが一気に流れ込み、スポーツ 走行らしい雰囲気となる。
そのまま芦ノ湖スカイラインの三国峠まで走り、一休みだ。世界遺産 に登録された富士が一望できるこの駐車場には、気温4度の寒さにもかかわらず、観光客が多い。ここで初めてルーフをオープン(17秒未満、時速30キロま で開閉可)にして停車すると、たちまちニコニコの老若男女に囲まれて大人気だ。皆さんの質問はだいたい三つで、①どこの車?②なんていうクルマ?③おいく ら?というもの。このあたりでよく遭遇する赤いイタリア製の「はね馬」付きマシンでないので、ごもっともな質問だろう。「イギリスのF1を作っている会社 で」「へぇー」、「マクラーレンMP4・・・」「へぇー」、「車体はちょうど3000万円ですが、オプション装備が822万2000円分付いているので、 合計3822万2000円です」「ヒェーッ!」というのが大方の反応だった。
本領発揮
Rがきつく低速コーナーが多い二つのスカイラインを抜け、中速コーナーの多いターンパイ クへ向かう。センターコンソールのアクティブボタンをオンにすることで初めて作動するモード変更ダイヤルで、ハンドリングとパワートレインを共に「スポー ツ」とし、シフトを「マニュアル」にして、シーソー式のパドルを操る。ここで初めて625psを解き放ち、上り坂を一気に加速する。
M838Tエンジンのサウンドは、当然のことながらダイレクトに背後から聞こえてくる。クーペから唯一のエンジン関連変更点であるエグゾーストシステムに より、オープントップ・ドライビングに最適な音響にチューニングされているのだ。こんなシチュエーションでは、タコメーターの針は、3速までだと上限の 8500回転まであっというまに到達するので、ドライバーは自制心を保たないと大変なことになる。
コーナーでは、アンチ・ロールバーを不要(つまり軽量化にも貢献)としたプロアクティブ・シャシー・コントロールと、後輪の内側に制動力を与えて進入時のグリップを向上させるブレーキ・ステア・システムにより、素早すぎるぐらいのスピードでノーズを出口に向けてくれる。
ブレーキング時には、F370ミリ、R350ミリの大径ブレーキディスクとともに、リアウイングに搭載された押し上げ式のエア・ブレーキが作動し(動きは バックミラーで確認できる)、F235/35R19、R305/30R20のマクラーレン専用ピレリPゼロのグリップを生かして強烈な減速をしてくれる。
サイドウインドーとリアのリトラクタブル・ガラスを立ててやれば、風の巻き込みはほとんど気にならず、太陽光を浴びながらの爽快なスポーツ走行が楽しめた。
走るための車
走りに特化したクルマに日常性を求めても仕方がないが、こうして丸一日試乗してみると、スパイダーのいろんなところが見えてきて面白い。
まず、取材のカメラ機材をどこに乗せるかという点では、ボンネット下のラゲッジスペース(容量は144L)だけしかない。大きめのカメラバッグを放り込むと、他のものは積めず、わずかに周囲に小物が散乱しないように張られたネットに書類などが入る程度だ。
運転の妨げとなる厚手の冬物ジャケットは、最初バケットシート背後の隙間に積んでいたが、スライドやリクライニングを繰り返すうちに、しわだらけになるこ とに気が付いた。こちらの置き場は、ルーフをクローズすることで生まれるキャビン後方の52Lのスペースが活用できることが分かった。
搭載されるナビは珍しい縦長画面で、タッチ式の精度が少し不安定で、最高の性能を発揮するマシンほどのパフォーマンスを持ち合わせていない(バージョンアップで解決できる?)ようだ。
とまあ、こうしたネガティブな部分も、走っているうちに忘れてしまうほどの良さがスパイダーにはある。この日はトータルで240キロほど走り、返却の前に 都内で給油した無鉛プレミアムガソリンは45Lだった。燃費は単純計算で5.3km/Lということになる。往路の東名での大渋滞と、箱根でのパフォーマン スを考えれば十分な値といえるだろう。
クーペと合わせても80台ほどしか日本国内で走ってい ないマクラーレンMP4-12Cスパイダーというクルマ。本気で走っても、流していても、そして駐車中でも、人気の赤いスーパーカー→みんなの気持ちが明 るくなる→人を幸せな気分にするクルマ、という構図を見ることができ、幸せな気分で試乗を終えることができた。
主要諸元
寸法(mm) | 4509(全長)×1908(全幅)×1203(全高) |
車両重量(kg) | 1376 |
ホイールベース(mm) | 2670 |
乗車定員 | 2人 |
駆動方式 | MR |
最小回転半径(m) | - |
エンジン | 縦置きV8ツインターボ |
総排気量(L) | 3.799 |
使用燃料 | 無鉛プレミアムガソリン |
燃料タンク容量(L) | - |
最高出力(ps/rpm) | 625/7500 |
最大トルク(N・m/rpm) | 600/3000-7000 |
トランスミッション | 7速SSG |
欧州複合モード燃費 | 11.7L/100km |
車両本体価格(税込) | 3000万円(試乗車はオプション822万2000円装着車) |
リサーチ:テック サイバーファーム ウェア(半田貞治郎)